大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和56年(う)702号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件検察官控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事近松昌三提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人稲垣貞男作成の答弁書に、弁護人控訴の趣意は、右弁護人作成の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、いずれもこれらを引用する。

弁護人の控訴趣意

第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、原判示の中野正彦及び田中大也の両名において、税関の許可を受けないで原判示の大麻をタイ国から輸入するにつき、被告人が右両名及び山本博と共謀を遂げた事実がないのに、いずれも信用することのできない右山本の原審証言、右中野の証言調書及び被告人の捜査官に対する供述調書等によつて、被告人が右三名との間で大麻の密輸入につき共謀した旨認定した原判決は事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで訴訟記録及び各証拠並びに当審における事実取調の結果を検討するのに、原判決挙示の各証拠を総合すれば、被告人が山本博ほか二名の者との間で本件大麻の密輸につき共謀したとの点を含めて、原判決が判示する事実をすべて優に肯認するに足りる。すなわち、被告人は、昭和五五年九月末ころ、かつて共にタイ国から大麻を持ち帰つたことのある山本博から再び大麻密輸入の計画をもちかけられるや、大麻を入手したい欲求にかられ、同人に対し、自らは執行猶予中の身であるから、その実行を担当することはできない旨右申出を断わるとともに、代わりの人物を紹介することを約したのち、同年一〇月上旬ころ、被告人の知人の中野正彦に右の事情を明かして協力を求めたところ、同人もこれを承諾したので、同人を右山本に引きあわせ、更に、そのころ右山本に対し大麻密輸入の資金の一部として金二〇万円を提供するとともに、同人との間で大麻を入手したときには右金額に見合う大麻をもらい受けることを約束した。一方、山本は知人の田中大也を誘い、右中野を交えて協議した末、田中がタイ国現地における大麻の買付け役、中野が右大麻をタイ国から本邦内に持ち込む運び役とそれぞれ決めたうえ、田中、中野の両名が同月二三日タイ国へ渡航し、原判示第一及び第二のとおり大麻の密輸入を実行に移したこと等の各事実が認められる。

所論が信用できない旨主張する共犯者らの各供述は、いずれもこれに対する反対尋問を尽して得られた公判廷における証言であるうえ、これらの各供述内容を被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書のそれと対比してみても、大綱においてほぼ一致していること等からして、右被告人の供述調書を含めて十分に信用できるものと認められ、これに反する被告人の原審及び当審における各供述は到底措信しがたいものといわざるをえない。

してみると、被告人が本件犯行につき山本及び中野両名と順次共謀したことはもとより、田中との間では山本を通じて共謀を遂げたことが明らかであつて、原判決には所論のような事実誤認は存在しない。論旨は理由がない。

第二点(法令適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、被告人の所為は幇助犯に該当し、正犯と認めることはできないのに、被告人に対し共同正犯の責任を負わせている原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、本件犯行の計画段階における事実関係は前記控訴趣意第一点について説示したとおりであり、右によれば、被告人は本件犯行を計画した山本博からその実行担当者になつて欲しい旨頼まれたのに対し、執行猶予中の身を理由にこれを断わつたものの、他方中野正彦に対しタイ国から大麻を持ち帰ることを承諾させたうえ、同人を自己の身代わりとして山本に引きあわせるとともに、密輸した大麻の一部を被告人がもらい受ける約束のもとにその資金の一部を山本に提供したというのであつて、このような被告人の所為は、本件犯行を助け、その実現を容易ならしめる幇助行為というにとどまらず、被告人を本件犯行の共謀者の一員と認めるに足りうるものというべきであつて、これに対し正犯をもつて問擬した原判決に誤りはない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意

論旨は、要するに、原判決の量刑は、諸般の情状に照し、再度刑の執行を猶予した点において著しく軽きに失し不当である、というのである。

そこで記録に当審における事実取調の結果をあわせて検討すると、被告人は、さきに山本博の計画のもとに、同人とともにタイ国に赴き、大麻を密輸入したうえ、被告人自らその一部を他人に有償譲渡した事犯で検挙され、昭和五五年七月一日右大麻譲渡の事実を内容とする大麻取締法違反の罪で懲役一年六月に処せられ、三年間その刑の執行を猶予され、折角反省の機会を与えられるとともに、更生を期待されたのに、こともあろうに右裁判が確定して僅か三か月もたたないうちに、またもや右山本に誘われるまま本件犯行計画に加わつたものであつて、その実行に加担しなかつたとはいえ、自己の身代わりとして中野正彦を誘い、同人をして大麻の運び役として実行させたこと等に徴すると、犯情は良くなく、被告人の経営する事業や家庭の状況のほか、被告人に有利または同情すべき諸事情を検討してみても、本件には「情状特ニ憫量ス可キモノ」があるとは到底考えられないのであつて、被告人を懲役一年に処し、裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予するとともにその期間保護観察に付した原判決の量刑は、重ねて刑の執行を猶予した点において軽過ぎて不当であるといわざるをえず、原判決はこの点で破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

原判決が認定した各事実に執行猶予関係を除き原判示各法条を適用、処断し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、原審の訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文を適用して被告人に全部負担させることとして、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例